シンデレラは眠るもの、と相場が決まっている

"coincidence"の話をします。なんのこっちゃねんというオタクは先にこちらを読め。

 

wing-erg.hatenablog.com

 

さて「co-in-cid-ence」ですけれど。"cid"とはつまりラテン語の"cadere"であり、現代においてラテン語の系譜を最も濃く引いているという3つの言語ーフランス語、スペイン語、そして最後の1つ、イタリア語の中に、そのままの形が残っています。

伊英辞書によれば『cadere=to fall』、すなわち先の記事の通り『落ちる』という意味です。

 

次いで日本語からアプローチしてみましょう。

私達がいま、当たり前に使う『恋に落ちる』という表現ですが、これは『恋愛』という言葉同様、明治期以後の表現であり、その出自は『fall in love』の訳であるといわれています。『月が綺麗ですね』然り、『死んでも可い(いい)わ』然り、こと愛情表現にまつわる翻訳について、明治という時代はネタに事欠かないようです。

さて、ここからが本題で、落ちる=Fall、のネイティブなニュアンスとは何でしょうか。より砕いて言えば、なぜGo in love でも、Get in love でもなく、『Fall』in loveなのでしょうか。

 

私は、『fall asleep』にその答えがあると考えます。 fall asleep―眠りに落ちる、という意味の熟語ですが、その『眠りに落ちる』とは、さぁ寝るぞ!と言って夜ベッドに入って眠るようなそれではなく、うたた寝、微睡み、に近いニュアンスです。『寝落ち』と言うのが最もよろしいでしょうか。

『寝落ち』するとき、私たちは意識によるコントロールを外れ、眠り、という名の本能に自らを委ねます。言い換えれば、抗えないほどのねむけ、が訪れたとき、私たちは微睡みの心地よさへと『落ちて』いくわけです。

そして、黒姫結灯√でこれでもか、と描かれたことですが、恋とはつまり、恋心…自分のことをより知ってもらいたい、相手のことを知りたいという気持ちが走り出すこと、だと思うのです。ある切り口によって彼女の√を俯瞰するなら、『知ってほしいと思う私』を肯定し、『知られることを(知られることで起こりうる、様々のマイナスの可能性を)恐れる私』を克服する、その過程を描いたお話であったと思います。そして、彼女が『恋に落ちて』いく過程とは、『知ってほしいと思う私』が次第にその勢いを増し、その思いに抗えなくなる、嘘をつけなくなっていく、その1つ1つの場面にほかならなかったはずです。

 

つまるところ。『恋に落ちる』=『fall in love』するとき、私たちは―抗えないねむけのような―偶然に、けれど強かに訪れる『恋心』という名の本能に従って、微睡みの中にいるような―『愛情』の心地よさの中へ、決して抗えずともやはり望んで『落ちて』いくのではないかと、そう思うのです。

 

 

 

―――なんて、寝顔の素敵な結灯ちゃんにはぴったりじゃないですか?